『殺人者の記憶法』壊れゆく殺人鬼のためのホームドラマ

シリアルキラー(連続殺人鬼)ものが大好きな韓国のエンターテインメント。それだけに話題を呼ぶためには新しい趣向が必要になってくるのかもしれない。ベストセラー小説を原作としている、本作『殺人者の記憶法』の主人公として登場するのは、なんと“アルツハイマーの殺人鬼”である。もう来るところまで来たという感じだ。殺人鬼業界も、高齢化によっていろいろな問題が噴出してきているということでもあるのか。

ソル・ギョング( 『シルミド/SILMIDO』、『力道山』)が演じる“元殺人鬼キム・ビョンス”は、かつて凄惨な連続殺人を犯してきた反社会的な人物だが、いまではアルツハイマーの病状が進行し、断続的にこれまでの記憶を失ったり、現実と過去の出来事の区別がつかなくなる症状に陥る。ちなみにノーラン監督の『メメント』では、記憶を忘れてしまう主人公が身体に入れ墨を彫るという方法をとっていたが、本作ではヴォイスレコーダーを使うという、より合理的な方法でこれに抗う。

そんな元殺人鬼にも、守るべき存在がいる。キム・ソリョン(ガールズグループAOA )が演じる、父親想いで快活な愛娘だ。このような父と娘の関係を中心に物語を展開させていくというのも、韓国映画のある種の定型になっているといえるだろう。

これだけの設定でも物語は成立させられそうだが、そこにキム・ナムギル(『ワン・デイ 悲しみが消えるまで』)が演じる、新世代の殺人鬼が登場…!あろうことかこの若い男は、自分の正体を隠して娘と交際を始めてしまう。腐っても「元殺人鬼」のビョンスは、殺人鬼としての感覚から、この男に“自分と同じ匂い”を嗅ぎ取り、進行するアルツハイマーの病状と闘いながら、娘を守るために男の正体を暴こうとするのだった。

実際にアルツハイマーに苦しんでいる人たちもいるのに、よくもまあこんな面白おかしく不謹慎な設定をつくるものだという指摘もあるだろうと思う。そしてその指摘は圧倒的に正しいだろう。だが、際どい描写でこちらの倫理観を揺るがしてくるという、これも韓国映画の一つのかたちであることも確かだ。この是非については個々人の感覚に任せたい。

アルツハイマーと殺人鬼同士の対決だけで胸いっぱい、お腹いっぱいになってしまうだろう本作だが、私がいちばん面白いと思ったのは、それらエクストリームな箇所ではなく、娘が危険な相手と交際するのをなかなか止められない状況に陥った父親の心情、つまり「ホームドラマ」の部分だ。

ここで脳裏に浮かんだのは、俳優・梅宮辰男と、その娘・梅宮アンナの関係である。かつて梅宮アンナが、恋人として羽賀研二を紹介してきたときに、父親の梅宮辰男は、若いときの自分の面影を羽賀に見て、「あいつはワルだ、やめろ」と言って説得したという噂を聞く。何故なら、梅宮辰男自身も、「夜の帝王」、もしくは「シンボルちゃん」として、散々女遊びをしてきたことで有名であり、その経験をもってして羽賀の独特な匂いを嗅ぎ取ることができたのだろう。

本作の「殺人鬼、殺人鬼を知る」という構図は、この話と全く同じだといえよう。だから本作は、父親にとっては最悪のかたちで罪の報いを受けることになる因果応報の物語であり、娘にとっては、本質的に父親と同じような男を選んでしまう、ファザー・コンプレックスを描いた作品なのかもしれない。そしてそれらは、この一つのホームドラマのなかに内包される。このような逃れ難い運命や家族の因縁が描かれ続け、作品が支持されるという事実というのは、韓国の家族社会の閉塞感を物語っているのかもしれない。


『殺人者の記憶法』公式サイト

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