『終戦のエンペラー』は、なんちゃってハリウッド映画だった

『終戦のエンペラー』は、予告編を観たときから違和感を感じていた作品だ。「この映画、一体アメリカ人の誰が興味を持つのだろうか」という疑問で、私の頭の中はいっぱいになった。
「太平洋戦争における昭和天皇の戦争責任の有無を、アメリカ軍の将校の視点から描く」という内容は、日本人にとって見れば、それなりに興味深いものかもしれない。何故なら、「昭和天皇の戦争責任」という題材をはっきりと打ち出しテーマとするような映画は、今までに無かったからだ。
だが、アメリカ人にとってはどうだろうか。他国の旧権力者に、戦争を起こした責任があるのかないのかという問題について、太平洋戦争を経験した世代であっても、興味を持つ観客はきわめて少ないように思われる。

IMDB(インターネット・ムービー・データベース)(http://www.imdb.com/title/tt2103264/)やBox Office Mojo(http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=intl&id=emperor.htm)でデータを閲覧すると、この映画のアメリカでの興行収入は、実際に驚愕するくらいに低い。
なんと、約3ヶ月の興行で、$3,346,265 。日本円に直すと、約3億円あまりである。ちなみに、異例なことだが製作費は公開されていない。
本作を観ると、ハリウッド作品としてはわりと低予算で撮られていることが分かるが、だとしても、あまりに興行収入が低すぎる。6大メジャー・スタジオの一本にかける製作費+広告費は50~70億円程である。映画会社の純粋な利益は、映画館への収益を差し引いて考えるので、この製作費+広告費の2~3倍は興行収入を上げなければならない。アメリカ本国の興行収入では、最低でも製作費分くらいは回収しておきたいところである。
この稼ぎでは、少なくとも数億円クラスと言われるトミー・リー・ジョーンズの出演料にもおそらく及ばないだろう。本作がハリウッドのなかで異例の低予算映画だと仮定してみても、悪夢的な数字だ。
そのようなマシュー・フォックス、トミー・リー・ジョーンズというハリウッドの俳優が出演しているのにも関わらず、興業収入では、例えばアメリカで最近公開された、インド人しか出演していない、”Yeh Jawaani Hai Deewani”というお気楽インド映画(輸入作品)にさえ負けている。
しかし奇妙なことに、この映画は日本において現在のところ$11,158,598、約11億円、つまりアメリカの興業収入の4倍程の利益は出せている。おそらくこれで大赤字は免れているのだろう。
このデータを見ただけでも、『終戦のエンペラー』は正規の「ハリウッド映画」とは異質のものではないかという疑問がわくのは当然だろう。

ちなみに、本作のメガホンをとったピーター・ウェーバーは、TVの仕事をしていた監督で、長編劇場用作品は『ハンニバル・ライジング』一本のみしか撮っておらず、その後5年間、長編映画を撮っていない。(※この部分について、コメント欄にて誤りをご指摘いただきました。ピーター・ウェーバーは『ハンニバル・ライジング』の前に『真珠の耳飾りの少女』を撮っています)
その理由は、約50億円の製作費を投じた『ハンニバル・ライジング』が、アメリカ本国で約28億円しか稼げず大コケしたからだと思われる。
本作にこの監督が抜擢されたのは、日本を舞台に演出した経験があることと、雇われ監督として使い勝手が良かった点が挙げられるだろう。
そのように感ずるのは、『終戦のエンペラー』の演出や脚本をはじめとした内容すべてが、全く面白くなく、作家性も娯楽性も完全に欠如した、退屈きわまるものだったからだ。
ここで描かれているドラマは、大きく分けてふたつである。昭和天皇の戦争責任を調べるため、日本の要人から証言を得るサスペンス風のパートと、調査をしているアメリカ将校フェラーズと日本人女性との恋愛パートだ。
とりわけ恋愛パートに見るべきものはない。主人公の士官が、何故この女性に惹かれたか、そして互いの人格にどのような影響を与えたかという、恋愛ドラマにあるべき核の要素が、ゴッソリと抜け落ちているからだ。
だから、ここでの説得力がなく、ただ恋愛感情が深まっていくイメージだけの曖昧な描写群は、観客に感情移入を許さないし、もうひとつのサスペンス・ドラマへ何らかの影響をもたらすものになり得ていない。つまり、劇映画としての基本的な型すら崩れているのである。ハリウッド映画の演出・脚本の水準から見て、ここまで雑な仕事はちょっと珍しいといえる。
このことから、この映画における監督や脚本家の「やる気の無さ」が見て取れるのである。

本作の冒頭から奇異に思うのは、米軍が日本の占領・調査を始めるシーンの、不穏な出来事を予感させる音楽についてだ。ここはどうしても、悪役が悪いことを始める感じに聴こえてしまう。しかし、これは曲がりなりにもアメリカ映画のはずなのだ。
アメリカ側からすると、自国民の犠牲が出た戦争において、占領政策をおしすすめるのは当たり前のことなのに、演出がちぐはぐなのである。アメリカ映画だという認識で観ていると、どのような感情を持ってこの演出を受け入れれば良いのか分からなくなる。
この物語は、一応フェラーズの視点で描かれているということになっているので、占領政策に支障をきたしたとき、または恋人の安否が分からないときに、このような不穏な音楽を流せばよいはずだ。
『終戦のエンペラー』はそれだけでなく、劇中においてアメリカの占領政策を批判し、アメリカ人に内省を促すような描写が非常に多い。
例えば、中村雅俊演じる政治家・近衛文麿は、戦争責任を追及しようとするフェラーズに、「我々はあなた方と同じこと(侵略と植民地政策)をやっただけだ」と居直る。この、確かに一理あるけれども、敗戦国の文官としてはいささか強引で、「盗人が盗人を非難する」ような、アジア諸国に対し反省の全く無い意見に対し、フェラーズは言い返すことができない。
このような描写は、むしろ日本政府の言い分を正しいとするような、アメリカ映画としては異質な性質のものになっている。
それもそのはずで、本作の原作は、元毎日新聞編集委員の作家が書いた、「陛下をお救いなさいまし」という、日本の書籍だった。
過去、クリント・イーストウッド監督作に『硫黄島からの手紙』という、陸軍大将・栗林忠道の手紙を元に撮られ、同情的に描いた戦争映画があるにはあった。
だが本作と本質的に違うのは、この同情が、日本の戦争責任を回避させるようなものにはなっていないということだ。

公式サイトを確認すると、この映画のプロデューサーは、奈良橋陽子という日本人だということが分かる。
そして「プロデューサーからのメッセージ」には、こんなことが書かれている。
「劇中に登場する関屋宮内次官は、私の祖父(関屋貞三郎/奈良橋の母方)にあたり、共同プロデューサーであり、息子である野村祐人の曾祖父にあたります。その為、この映画は私たち家族の話でもあります。」
今までの断片的な情報から推測すると、このプロデューサーは、自分がコントロールしやすい映画監督・脚本家を選び、自分自身の思い入れがたっぷりある物語をかたちにしたということなのだろう。
ここでの問題は、「昭和天皇の戦争責任」というシリアスな問題を、宮内庁の役人の子孫、つまり(関係としては遠いとはいえ)、歴史的に天皇とつながりのある人物が映画化してしまったということだろう。
そして案の定、映画はある種の政治的なメッセージを啓蒙するようなものになっている。公平な視点を欠いたまま、それでも映画は、「表向き」公平に天皇の責任を追及しているような体(てい)をとっている。
このように歴史問題を語るという姿勢は、アンフェアだといわなければならない。

注意深く見なくても分かることだが、この映画には、戦争責任について、昭和天皇に不利な要素は一切描かれていない。
側近や関係者の語る証言は、昭和天皇は一貫して「平和主義者」であり、全責任は軍部の暴走にあるという、東京裁判をさらに強く裏付けていくものになっている。映画の中で昭和天皇を悪く言うのは、マッカーサーに対して、悪くないのに「国民に責任はありません、悪いのは私です」と述べた昭和天皇自身のみであった。戦争責任どころか、キリストやブッダに近い聖人としての天皇像がここで描かれている。
天皇という個人の人間性について、映画のなかでどういう着地をしようと構わないが、あくまでこれは「昭和天皇の戦争責任」について考える作品である。そのなかで、昭和天皇に不利な要素を全く除外してしまうというのは、どう考えてもおかしい。
そして脱力してしまうのは、結末においてフェラーズとマッカーサーが「百年調べてもこの謎は分からないだろう」と結論付けてしまう部分だ。
これがおかしいのは、フェラーズの調査において、この映画のなかにおける昭和天皇には、一点の疑問の余地も存在せず、戦争責任が無いことは明白になっているはずだからだ。にも関わらず、彼らは「分からない」と言う。
考えるに、ここで「戦争責任が無い」などと言わせてしまうと、完全に意図が明白な作品になってしまうから、表面的にはバランスをとるという着地をしているのであろう。だが、内容は過激なまでに一方的な昭和天皇の擁護だ。あくまで「公平でバランスがとれた作品」だと思わせつつ、実際には一方に偏った思想を啓蒙しようとするのがねらいなのだと思う他ない。目的はよく分からないが、とにかくこの日本人の制作者が、自分の歴史観を伝えるためにいろいろな作為を行っているのは確かだろう。
このような一部の日本人の思い入れだけで、アメリカ人スタッフ達に、無理に作らせたような独りよがりな映画を、アメリカ人の誰が面白がるというのだろうか。そして、実際にアメリカの観客には無視されている。

昭和天皇が、政府の人事に注文を付けたり、ときに第二次大戦における作戦行動にまで細かく口を出していた、つまりただのお飾りでなかったということは、文藝春秋に載った「昭和天皇独白録」という、昭和天皇が自ら語った内容でも裏付けられている。問題は、これら信憑性のある資料を『終戦のエンペラー』ではわざと触れず、天皇自身の意図すら無視し、全く違う物語を啓蒙しようとしているところだ。
映画のなかの昭和天皇は、マッカーサーよりもはるかに思慮深く品がある「聖人」としてだけ描かれており、人間性をほとんど感じない。
このことから、この映画制作者は、天皇を一個の人間としては見ていず、国民の幸せについて祈るだけの、神格化された「役割」のみを求めているように思える。それはむしろ、制作者自身が尊崇する天皇に対して、酷な要求なのではないだろうか。
比較すると、アレクサンドル・ソクーロフ監督による、同じように敗戦時の昭和天皇を描いた、しかし本作よりも弱々しく人間くさく表現した『太陽』は、はるかに同情的に、天皇個人の視点に立ったものであることが分かるはずだ。映画の出来としても、哲学的な深さも、文学的な価値においても、天と地の開きがある。

日本の敗戦が濃厚になり、政府の決議のなかで、天皇が終戦の決断、いわゆる「聖断」を行ったのは、『終戦のエンペラー』で描かれたとおりであろう。
だが「昭和天皇独白録」を読むと、その後の8月12日、皇族を参集して会議が行われた際に、最も強硬論者である朝香宮が「講話は賛成だが、国体護持が出来なければ、戦争を継続するか」と質問し、天皇は「勿論だ」と答えている。
また独白録「結論」のなかでアメリカとの戦争を始めたきっかけについて、「開戦の際東条内閣の決定を裁可したのは立憲君主としてやむを得ぬ事である」そして、もし開戦に反対したとしても、「国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証出来ない、それは良いとしても、結局凶暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行はれ、果ては終戦も出来兼ねる始末となり、日本は亡びる事になつたであらうと思ふ」と述べる。つまり、自分の選択は最良であったという主張だ。
これらの態度は、国体を最重要視しているというようにとれるし、「悪いのは私だ」という、映画で描かれたような極端な天皇の聖人像は感じ取れない。

天皇戦犯問題の決着は、映画では描かれていない。
12月31日、東京裁判において、被告・東条英機は「日本国の臣民が陛下の御意思に反して、あれこれすることはない」と述べた。
これは重大な証言で、これが真実だとすれば、開戦の意志は天皇によるものであったということになってしまう。
これを受け、天皇を有罪とする各国の検察陣は盛り上がるが、この時点で天皇免責を決定していたマッカーサーの指令を受けているキーナン首席検事は、この証言訂正のため、同じく被告であった木戸幸一などに説得させるという裏工作に動く。
結局、東条はこの説得により、前言を訂正し、天皇に戦争の意志が無かったことを証言した。ここで、はじめて裁判における天皇の免責が決定的なものとなったという。
事実を基にしたのであれば、この決着部分まで描いてもらわないと収まりが悪いのは事実だ。だが、これを除外した理由は想像がつく。

『終戦のエンペラー』では、玉音放送時に軍部のクーデターがあったことをもったいぶって明かしているが、そのような話は、半藤一利原作の日本映画『日本のいちばん長い日』で既に描かれているし、新たな発見のようなものは描かれない。
エンターテイメントとしても、ドラマとしても、また歴史的な重要性も弱い作品だと断じるしかないが、日本人としてもつまらないのに、もちろんこれがアメリカ人の心をつかむものになっているはずがないだろう。

これらのことから、『終戦のエンペラー』はアメリカ映画の皮をかぶった、はじめから日本の観客向けとして作られた、偽アメリカ映画だということが分かってくる。
確かに、アメリカ資本の映画なので、一応はアメリカ映画と名乗ることが出来るかもしれない。だが、アメリカ人をターゲットとしていない映画は、本質的な意味で「アメリカ映画」であるとはいえない。
そして宣伝では、この映画が「アメリカではなく、日本の観客に向けて作られた映画」であるという事実について全く触れていない。つまり、意図して誤認させるようなものになっているのである。
事実、当時の一般の観客による評判を検索しても解るとおり、多くの人はこの映画について、アメリカ側の視点で撮られたものだというように誤解している場合が多い。実際は、ほとんどのアメリカ人がこの映画の存在すら知らないというのに。

では、何故このような「日本向け映画をアメリカ映画だと誤認させる」ような作為が必要だったのだろうか。
本作のプロデューサー奈良橋陽子は、父親が外交官であったことから語学が堪能で、またバンド「ゴダイゴ」の作詞をするなど芸能界とつながりがあったことから、近年は日本を舞台としたいくつかのアメリカ映画で、日本人の俳優をキャスティングするという仕事をしている。
そして、ハリウッド映画『ラスト サムライ』では、彼女は「アソシエイト・プロデューサー」を務めている。
トム・クルーズが主演した『ラスト サムライ』は、アメリカでも1億ドルのヒットを飛ばした成功作であるが、日本ではなんと同額以上の興行収入を叩き出し、アメリカ本国を上回った。
『終戦のエンペラー』は、このビジネス上の成功が前提となって通った企画のはずだ。つまり、今度は制作費を抑えて、完全に日本向けにターゲットを絞って儲けようという話である。

しかし、『ラスト サムライ』を含め、日本でこのような作品が喜ばれる理由は何なのか。
もともと日本では、TVなどのメディアで、「外国人から見た日本」、「日本文化が外国文化に与えた影響」というような内容の特集がよく組まれるし、外国人が日本の文化についてリップ・サービスしているところを強調することが多い。
分かりやすいところでは、有名な外国人スポーツ選手にインタビューするときに、あまり関係のない日本の選手のことを質問する、というのはよくある(「その日本人は悪い選手だ」などと言うわけがない)。
「フランスの印象派の画家達が、日本の浮世絵に着想を得た」なんていう指摘は、耳にタコが出来るほど聴くが、例えばアフリカ美術や中国美術がヨーロッパの美術に与えた影響のような話は、その内容がいかに興味深いかということとは関係なく、あまり大手メディアにおいて紹介されることがない。
このことは、必ずしも日本だけにあるような現象ではないだろうが、このような情報がもてはやされる理由には、自国に関係するものにしか興味を持ちにくい、ということはもちろんではあるが、その先まで追及していくと、「自分の民族が優秀だという話を、他国の人々から裏付けられると、自分が褒められている気がして気持ちがいい」という心理が隠されているはずだ。
これは冷静な目で見ると、見下げ果てた態度だという他はない。何故なら、日本が立派なことをしたり優れた文化を築いてきたにしろ、それは一部の優秀な日本人の仕事に過ぎず、その優秀さを自分の範囲にまで拡大解釈して、手柄をかすめとっているように見えるからである。
「外国人が日本を褒めている」「外国人が日本の文化に感動!」というような情報を探し集めて紹介している醜悪なブログが無数に存在することからも、このような心理が見てとれるのである。

参考:「【海外の反応】 パンドラの憂鬱」(http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/)
「海外の反応 on the web」(http://www.kaigaihannou.com/)
「海外反応!クールジャパン」(http://cooljapaan.com/)

これが問題なのは、「自分の民族が優秀だ」という話を強調し過ぎることで、本当にそう信じてしまって、逆に「他民族は劣等である」という思考に陥ってしまい、人種差別的な思想を醸成する原因になってしまう可能性があるということである。
だが現実には、世界の多くの国の人々は、アニメや忍者オタクなど一部の好事家を除いて、「日本」という国にほとんど興味を持っていないし、実際にインテリを除いたアメリカ人の多くは、日本がどこにあるかさえ知らないという。彼らに日本の偉人を挙げなさいと質問すると、「忍者、侍、ゴジラ」と答える。
それでも多くの日本人は、「日本文化はすばらしく、日本人は優秀だ」という外国人、とりわけ欧米人の評価を欲しがるという背景から、アメリカが日本をリスペクトしたり気にしているように見える『ラスト サムライ』や『終戦のエンペラー』のような性質の映画は、日本でヒットする要素を持ち得ているということになる。
日本人特有の「自分たちが他国からどのように見られているか」という自意識過剰な島国根性を、今回はビジネスとして意識的に利用されたのである。これは同じ日本人としては恥ずかしく思ってしまう事実だ。

 





37 thoughts on “『終戦のエンペラー』は、なんちゃってハリウッド映画だった

  1. vertigonote
    2013年11月13日 at 6:21 PM

    つまらない指摘だとは思いますが『真珠の耳飾りの少女』の事をお忘れではないでしょうか。

  2. vertigonote
    2013年11月13日 at 6:32 PM

    >ちなみに、本作のメガホンをとったピーター・ウェーバーは、TVの仕事をしていた監督で、長編劇場用作品は『ハンニバル・ライジング』一本のみしか撮っておらず

    この部分です。

    1. 2013年11月13日 at 10:48 PM

      vertigonoteさん、ご指摘ありがとうございます。
      ご指摘のとおり、ピーター・ウェーバー監督についての記述に誤りがありました。
      該当部分に補足を追加します。感謝いたします。

  3. Go
    2014年9月24日 at 5:05 PM

    長過ぎて内容も映画から離れ過ぎていてつまらない。内容自体、天皇賛美に腹が立っている左翼人丸出しで見苦しい。

    1. 2014年9月25日 at 4:53 AM

      本文で言っていますが、この映画は作品としての力はゼロで、細かく評価するほどの内容がありません。それは無理やり思想を押し付けようとするような企画自体が原因なので、それについて指摘している分量が多くなっているということです。
      この作品に優れている部分があるとお考えであれば、ご意見いただければと思います。

  4. 右巻き巻き
    2014年9月25日 at 11:07 PM

    朝日新聞愛好家かよw

  5. 三条
    2014年10月29日 at 8:53 PM

    数値的な分析はともかく、私はブログ主さんとはむしろ真逆の感想を持ちました。よく出来ている映画だと思いました。天皇の戦争責任について公平な視点を欠いている、というご意見はごもっともですがそもそも映画や小説とはそういうものです。期待するほうが酷ではないでしょうか。私は映画はそこそこの数を鑑賞している方(1000作以上)ですがブログ主さんのオールタイム・ベストは一つとして観てすらいませんので、趣味趣向も大きく違うのでしょう。何が言いたいかというとこの映画評を読まれた方に、「なんだつまらなそうだな」と観ずに済まさずにぜひ一度ご覧になってご自身で判断していただきたい、という事です。
    また、自国の文化と歴史に自信と敬意を持ち礼賛する事も必要だと思います(確かに近頃のメディアでの日本アゲアゲ番組は目に余りますが)。戦後自虐史観が刷り込まれた結果が昨今のアジア外交の失敗につながっているとも思います。
    他人様のブログに反論ばかり書いて申し訳ありません。

    1. 2014年10月30日 at 3:24 AM

      三条さん、コメントありがとうございます。
      たしかに、作品のテーマは自由です。どのようなメッセージを主張しようと構いません。ですから私もこの記事で、「見る価値がない」と主張しているわけです。
      ですが、ここで書いているように、この作品の場合、「天皇に戦争責任はあるのか」ということを公平に検証していくような姿勢を見せていることに、印象操作的な欺瞞があるということです。本当にそれをやるのであれば、昭和天皇にとって有利なことも不利なことも取り上げるべきだからです。
      昭和天皇に不都合なことを明らかに全て除外した上で、「結局わからない」と結論を保留するのは、観客を誘導しながら責任を回避する卑怯なやり方です。正々堂々と「責任はなかった」と主張すればよいのです。
      また、「昭和天皇独白録」という、天皇本人のことばという直接的な資料を全く無視しているという点において、その内容もかなり怪しげなものになっているのは明白だと思います。

      私がこのように批判しても、上のようなコメントを残している方々にはご理解いただけないでしょうから、あえて興行成績という客観的なデータを持ち出して、この作品のいかがわしさというのを説明しているのです。

      趣味趣向の違いなどとおっしゃられては、そこで話は終わらざるを得ません。私の記事が考え違いであるとお考えならば、論理的な反論をお願いいたします。
      また、この映画に優れている点があるとお考えならば、どこがどう優れているかをご説明ください。このコメント欄を読んでいる人たちが、それを読んでどちらの意見に説得力があるのか、判断材料になるからです。

      私の選出したオールタイム・ベストは、多くの映画好きの方にも評価され親しまれている、有名な作品が多いです。
      失礼な言い方だと思われるかもしれませんが、三条さんは、この記事で紹介した、昭和天皇を描いた『太陽』や、私のオールタイム・ベスト作品など、もっともっと多くの良い作品をご覧になって、本物の映画の奥深さに触れていただければと思います。

  6. 匿名
    2015年3月14日 at 4:41 PM

    反日左翼思考が入っていないという論理。

  7. 匿名投稿
    2015年8月29日 at 1:31 PM

    「戦後の日教組洗脳的で偏狭左翼思想の私がみたら、見る価値のない映画でした。」
    という映画紹介と自己紹介の長文ですね。

    「アジア諸国に対し反省の全く無い意見」というフレーズが出た時点で、
    貴方のだめさ加減がわかってしまいダメでした。

    1. 2015年8月29日 at 4:36 PM

      先の日本の戦争が侵略であったことは、日教組などの話はとくに関係なく、世界的な常識であり、戦後の日本政府も認めてきた歴史観です。
      あなたのおしゃる、ネットでしか通用しないような考えを、堂々とそのまま公の場で主張することができますか?
      偏狭、洗脳というお言葉は、そのままお返しさせていただきます。

      1. 匿名投稿
        2017年4月26日 at 6:55 PM

        その世界的な常識とやらも、戦勝国が作ったものですね。
        戦争の評価と戦後の歴史は戦勝国がつくるという厳然たる事実をご存知ないようで
        すね。その戦勝国がつくった歴史の闇に光をあてることを、修正主義と言って非難す
        るのでしょう。
        それでまず聞きますが、GHQが焚書を行ったことは知っていますか?

        貴殿は「ネットでしか通用しないような考え」と言っていますが、櫻井よしこ女史が、堂々と公の場でいろいろ言ってますね。(残念ながら、当方には公の場で主張する
        機会がありません。)櫻井よしこ女史と似たようなことを公の場で発言している有名人
        はほかにもいると思いますが!

        また、戦前のシナ大陸で日本人駐在員への襲撃・略奪などが頻繁に起こっていたこ
        とはご存知でしょうか?(数年前にイオンやパナソニックが襲撃・略奪を受けました
        が、シナ人の民族性は半世紀程度では変わらないということですね。)
        もちろん、襲撃・略奪などの行為について当時の中華民国政府に抗議しましたが、一切無視されました。
        したがって、当然ながら「シナを懲罰せよ」という世論が沸騰しました。ここから一気に日中戦争と言う流れになります。加えて、これ以前の義和団事件と北京議定書ですね。各国の軍隊がシナ大陸に駐留する原因となった事件です。
        (魯迅の「阿Q正伝」を読めば、シナ人の馬鹿さ加減と高慢な中華思想がわかるはず。)
        韓国・北朝鮮については論外ですね。併合時代は、朝鮮系日本人として大日本帝国の忠実な下部として戦争に加担したのですからね。

        「アジア諸国」という言い方は慎むべきでしょう。日本に反省を要求し続けているのは
        シナ・北朝鮮・韓国の3国だけです。
        かつてマレーシアのマハティール元首相が村山富市に言った言葉を知っていますかな!!!

        1. 2017年4月28日 at 8:16 AM

          特定の人種、国民への偏見と憎悪に満ちた、あなたの書き込み自体が、あなたが都合の良いカルト的思想に取りつかれていることを、ご自身で証明していると思います。

          1. 匿名投稿
            2017年4月28日 at 11:59 AM

            過去の歴史事実に具体的に触れるのがコワいのでしょうね?

            1. 2017年4月28日 at 1:51 PM

              あなたの言われる「歴史事実」というのは、日本国側の過失を意図的に無視した一方的なもので、櫻井よしこなどに代表される、愛国カルトと呼ばれる範囲でやりとりされる常套的な言説の典型です。
              カルトにはまっているという自覚を持つのは難しいかもしれませんが、自国の汚点は汚点として認め、少しでも公平な世界観・歴史観を持たれることを望みます。

              1. 匿名投稿
                2017年5月14日 at 3:17 PM

                では日本国側の過失を具体的に述べて下さい。

              2. 匿名投稿
                2017年5月14日 at 3:30 PM

                それと追記します。シナ・韓国・北朝鮮側は、自国の汚点は汚点として
                認めたことがありますか?彼らは自国にとって好都合なことばかり
                主張しているようにみえますが!!
                日本側だけが、「自国の汚点は汚点として認め、少しでも公平な世界観
                ・歴史観を持つべし。」ということですか?

                1. 2017年5月16日 at 3:31 PM

                  「自国にとって好都合なことばかり」を言ったり、人種差別をする人っていうのは、あなたみたいな人のことですよね。そして、どの国でも、そういう人ばかりというわけではないと思います。各国の人々がお互いの溝を埋める努力をしなければ、この種の問題は絶対に解決することはないと思います。

                  1. 匿名投稿
                    2017年6月5日 at 1:23 AM

                    で、日本国側の過失を具体的に述べられないの?
                    シナ・韓国・北朝鮮側は、自国の汚点は汚点として認めたこと
                    があるの?
                    日本側だけが、「自国の汚点は汚点として認め、少しでも
                    公平な世界観・歴史観を持つべし。」ということなの?

                    ちゃんと答えなさい!

                    1. 2017年6月7日 at 9:10 AM

                      過失など挙げきれないくらい無数にあると思いますが…。例えば、自国の兵士を自爆させる作戦を軍部が行わせたことについてはどうですか?汚点では無いと思いますか?

  8. 小野山
    2015年11月19日 at 5:32 PM

    「終戦のエンペラー」を観て、何となく釈然としないのが良く分かりました。ハリウッド映画ですがアメリカでは興行収入が悪かったのですね。アメリカ人の「リメンバー・パールハーバー」の思想や日本に原爆を投下しても罪悪感が乏しいことが、その背景にあるのでしょうね。「天皇の戦争責任」についての調査を10日間の期限付きで親日のフェラーズが宮内庁に出向いたりして動く訳ですが、その報告がしっくりしませんでした。日本人が知っている通り、A級戦犯は裁かれ昭和天皇は昭和64年までご健在でしたが、靖国神社の参拝はされませんでした。占領国のアメリカ人で知っている人はどれくらいでしょうか・・この夏公開の「日本のいちばん長い日」を観て、半藤一利の小説も読みましたが、天皇が本土決戦を望まず戦争終結を決意されたのは間違いないと思います。けれども御前会議で真珠湾攻撃を決定して、大東亜共栄圏の実現を目指して、3年8ヵ月の太平洋戦争をしたのは間違いない歴史の事実です。天皇に全く戦争責任が無かったと日本人としては擁護したいのは分かりますが、戦勝国のアメリカからは理解出来ないと思います。この映画のように10日間の調査でマッカーサー元帥がその報告を受け入れたのは本当だったのでしょうか・・何れにしても昭和天皇は昭和64年までご健在でした。

  9. noname
    2015年12月13日 at 3:51 PM

    戦後に公開されたならともかく、過去の日本の価値観に影響されて「観る価値がない」とか、未だに呪いに掛かってて笑える。
    ダンスウィズウルブスを見て「随分インディアンに肯定的だな、観る価値なし」って言ってるようなもんだ。
    歴史を題材にしたファンタジー映画として楽しめない不器用な人間って大変だね

    1. 2015年12月14日 at 12:48 AM

      その論法は、「ファンタジーだ」と言えば、どんな無責任で間違ったことを描いても逃げられることになってしまいます。
      本作は実在の人物を登場人物として利用し、明らかに政治的な「啓蒙活動」をしようという意図が見えます。この映画を観て、それを全く感じないのでしょうか。
      純粋なエンターテインメントとしては、本文で具体的に指摘している通り、全く面白くはありません。

  10. 大和 武蔵
    2015年12月19日 at 11:27 PM

    素直に良い映画だと感動しました。
    純粋なエンターテイメントとして、良かったと思います。
    私は、自分の感覚を信じます。

  11. 2016年1月3日 at 4:14 AM

    アメリカ人が、より正確な、自分の立場を悪くする視点から描かれたものを、好んで見るとは思いません。興行成績が振るわなかったのはそれだけの理由です。
    政治的な啓蒙活動をしている一部の日本人以外は、この映画をようやく今までにない視点から描かれたものとして評価していると思われます。

    1. 2016年1月3日 at 12:52 PM

      この映画が「正確な」視点を持っているかは、非常に疑問があります。少なくとも、アメリカの観客に無視されたというのは、そもそもこのような問題にアメリカ人の大多数が、日本人ほどには興味を持っていないからです。

  12. 2016年1月3日 at 4:38 PM

    少なくとも、戦後教育の自虐史観どっぷりの方々には、必見の映画です。これらの歴史は、新しく認識され、より正しい方向へ向かっていく時代になりました。
    この映画を見るなという人は、きっとよほど何か都合が悪い正しい情報が発信されつつあり、それが広まることを恐れているのでしょう。

    1. 2016年1月3日 at 11:02 PM

      この映画が正しい情報を発していると思われる根拠は何でしょう?
      私は実際の資料などを基にして具体的に、この映画の欺瞞や間違っている点を指摘しています。
      反対意見を述べられる以上は、最低限の論理性を持ってください。

      1. 匿名
        2016年1月24日 at 7:20 AM

        この人は頭がおかしい頑固者だ
        話にならん
        右翼も左翼も嫌いだ
        理屈っぽいから

        1. 2016年1月24日 at 7:59 AM

          「どっちもどっち」みたいなところに落ち着ける問題ではないと思います。
          この映画ははっきりと「変」です。
          内容はもちろん、興行収益のデータやプロデューサーの発言など、客観的な事実がそれを全て物語っています。

  13. kasakr
    2016年4月11日 at 11:25 AM

    個人的には天皇の戦争責任を考察する映画ってより、天皇を免罪したアメリカの政治的配慮を見ていく映画だと思いましたね。思想的には完全中立ってのはそもそも映画に期待してないですけど、まあそこまで言うほど偏ってもないんじゃないでしょうか。そこそこ軍部の暴走や軍国主義的洗脳、狂信的な天皇崇拝、立憲君主制と天皇制の矛盾点やらも描かれてましたし、戦後まもない頃の思考状態ってまああんなもんじゃないかと。あと「なんちゃってハリウッド」というよりそもそもハリウッド映画として制作されてるもんじゃありませんねこれ。日本語ウィキペディア見る限りアメリカ映画のように書かれてますが正しくは日米の制作会社合作の映画ですし、アメリカ人の感情云々以前にアメリカで十分な宣伝を打ってるわけではないみたいです。まあ見りゃわかるくらい低予算なんで仕方ないかと。んで企画の奈良橋陽子さんはユナイテッド・パフォーマーズ・スタジオなど経営してる人で、長年海外映画や合作映画のキャスティング・企画・プロデュースとかやってる人でまあまあ有名ですよ。ま、とりあえずあまり良い出来の映画ではなかったですね。ちょっと展開がチープすぎたかな。最後に、昭和天皇独白録ってあんま史学的価値はないですよ。ご参考までに。

    1. manfor
      2016年6月20日 at 7:48 AM

      『終戦のエンペラー』は全米260館での上映なので、かならずしも「宣伝不足」が減収をもたらしたとは言えないでしょう。
      おなじような低予算映画『英国王のスピーチ』が、たった四館での興行から始まりながら評判を呼んで上映館が増えていき、最終的に北米だけで一億数千万ドルの収益を挙げたのとは対照的かもしれません。
      違いはやはり、作品の力だと思います。

  14. kaz
    2016年6月11日 at 1:17 PM

    軍部は暴走していない
    無責任だっただけ
    狂信的な天皇崇拝などはない
    戦前であっても天皇批判は行われている
    昭和天皇が英国の立憲君主制に影響を受け本心は英米協調を訴えても当時の世界情勢では政府の決定を覆すことは不可能だった

  15. manfor
    2016年6月20日 at 7:30 AM

    この映画について自分が言いたいと思っていたこと、すべて代弁してくださり有難うございます。
    以下が、北米市場と海外市場での興行データであり、大きくヒットしたのは日本だけだったのがわかりますね。
    http://www.boxofficemojo.com/movies/?id=emperor.htm
    http://www.boxofficemojo.com/movies/?page=intl&id=emperor.htm

  16. しょうもない
    2016年7月24日 at 6:34 AM

    見苦しい。映画の批評なのに、何をわざわざ映画のブログですらない他所のブログを晒してまで映画とは関係の無い話を語っているのか。

    終わりに貴方が語っておられる「日本人特有の「自分たちが他国からどのように見られているか」だの島国根性だの云々に関しても、全て日本人に限ったことではないと知ったほうが良い。浅知恵が見え透いていて大変見苦しいの一言。

    最近増えたネットの右派と同じ方向性でネジ曲がった思想家にしか見えん。
    至極しょうもないの一言。

  17. なぜ
    2016年7月31日 at 12:21 AM

    自分も数年前まではネット上で様々な歴史観を調べる所謂ネット右翼と呼ばれる者でしたが、
    憶測で日本を肯定し、積極的に過去を学ぼうとする姿勢もなく、日本の○○というだけで賛美する「日本の中華思想」のような人たちが増えたと思います。

    本映画を客観的なデータと公正な判断基準に基づいて評価しようという管理人氏の姿勢すら頭ごなしに否定され、
    自虐史観だ左翼だといった決めつけの論調の書き込みが増えているのが非常に悲しいです。
    自分もこの映画には違和感を覚えいていたので管理人氏の考察は非常に参考になりました。

    ネット上は片一方の歴史観しか認めない者同士のプロレス場になり、物事を理解しようとする人、真剣な人、まともな人は排除される傾向にあるのかな、と思いました。

  18.  
    2017年8月4日 at 2:47 AM

    モテなそうだなどっちも

    映莉子ちゃんが元気そうでよかったよ

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