『レヴェナント』復讐の旅の果てにあるもの–過酷な大自然の中に描かれた人間の内面世界

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『レヴェナント:蘇えりし者』についての記事を「リアルサウンド映画部」に寄稿しました。

▼(クリックで記事を表示します)
『レヴェナント』復讐の旅の果てにあるものーー過酷な大自然の中に描かれた人間の内面世界

エマニュエル・ルベツキ、坂本龍一+アルヴァ・ノトによる特異な映像と音楽が示す本作のテーマを考察しています。復讐の旅に救いはあるのか。内面の探求の果てに辿り着く自然と人の真理とは。



2 thoughts on “『レヴェナント』復讐の旅の果てにあるもの–過酷な大自然の中に描かれた人間の内面世界

  1. くろすけ
    2018年1月27日 at 8:04 PM

    すでにご存知かも知れませんが、寄稿された論評に関して、プロテスタントの牧師による批判が公表されています。
    「「復讐は創造主にまかせよ」―『レヴェナント-蘇りし者』を観た」久世そらち(新教出版社「福音と世界」2016年11月号)

    日本の直木賞小説(映画化もされた)のタイトルとして良く知られる「復讐するは我にあり」の文言は聖書が原典で、悪人に報復を与えるのは神である、を意味します。
    グラスが、復讐を自然に任せるという先住民の価値観に回帰した、という小野寺様の解釈を批判したこの文章はやはり正鵠を射るものと感じました。

    1. 2018年1月28日 at 3:21 AM

      教えていただきありがとうございます。
      当該記事を読んでいないのですが、批判というのは個人の論評についてでしょうか。手に入れられれば読んでみようと思います。内容を詳しく読んでみなければ分かりませんが、牧師の方による専門的なご意見は傾聴に値するものかと存じます。

      私の作品の解釈は、作中でキリスト教が失墜していく幻想シーンと、主人公が最後にたどり着く幻想シーンを根拠にしています。キリスト教の正典たる旧約聖書には「地を征服せよ」という記述があります。信仰を礎とした、大陸を侵略する入植者の傲慢さが、先住民と通じ合った主人公を不幸にし、信仰を失わせる原因になっています。
      そんな主人公が「人間と自然の境界が曖昧である」先住民の考えに移ることで信仰心を取り戻すということなので、批判者様の解釈とはいささかポイントが異なっているのではと考えます。

      「復讐してはならない」は「神の意志」を尊重することであり、主人公の外に「正義」が存在するという解釈にとれます。そうではなく、主人公が決定を下す「自然と一体となる」ことで、自分が納得できる答えに至ったように思えます。
      もちろん、この意見はキリスト教や信仰心そのものを批判する意図はありません。あくまで作品の解釈です。

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